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歴史育む”堺打刃物”
分業・連携のモノづくり
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時代に合わせて進化する堺打刃物。写真は柄の部分をカラフルにした青木刃物製作所のなないろシリーズ
堺の地場産業を代表するのが〝堺打刃物〟だ。強度としなやかさを持ち合わせた刃は、切れ味に優れ、多くの和食料理人が愛用する逸品として知られる。世界的な和食ブームを背景に、本物の道具を求める海外の料理人からも注文が拡大。国内だけでなく欧州にも市場が広がっている。
その製造工程は完全分業制だ。鋼を鍛えて包丁の形状にする「鍛冶屋」、磨いて刃を付ける「刃付け屋」、握る部分に柄(え)を付けて包丁を仕上げる「柄付け屋」。柄付け屋が〝卸〟の役割を担うことが多い。それぞれが受け継いできた技術を結集して、一つの製品ができあがる。
刃物に限らず、堺のモノづくりは、専門の職人が連携した分業制によって支えられてきた。安土・桃山時代、鉄砲の大量生産をいち早く実現できたのも、分業体制の確立が背景にあったと言われる。今春、日本政策金融公庫堺支店国民生活事業に赴任した久保幸一事業統括は、堺の印象を「企業同士、人と人のつながりが強い街」と語る。連携して一つの仕事を成し遂げるという気質が、地域に根付いているように見えるのかもしれない。
分業体制には長所だけでなく弱点もある。各製造工程のバランスが欠如するとサプライチェーン崩壊の危機を招いてしまう。おのおの独立して事業を継続することが、分業を成り立たせる前提条件。泉州地域の地場産業であるタオルは、家内制手工業である縫製業者の高齢化に伴う廃業が産地存続の基盤を揺るがしている。堺の刃物では、工程の出発点を担う鍛冶職人が先細り傾向にあり、将来に暗雲垂れ込める。
後継者不足・住工混在 課題
鍛冶は技術の習得が難しく、一人前になるには師匠について最低10年の修行期間が必要だと指摘される。このため職人を志す若手が少なく、後継者不足が課題だ。このまま鍛冶職人が減っていけば、堺の刃物は生産できる数量が限られていき、ブランド力の低下を招きかねない。
柄付け卸を手がける高橋楠の4代目、高橋佑典代表取締役は「鍛冶職人を育てないと、堺打刃物は衰退してしまう」と将来の危機を憂う。今月、市街地に移転新設した社屋に、鍛冶作業場を設けた。自ら鍛冶職人の養成に乗り出すと言う。
これまでに伝統工芸士の鍛冶職人から協力を得て、鍛造や熱処理の温度を計測した。熟練のプロセスを分析して数値に表すことで、職人を志す若手が訓練する際の参考に活用したい考え。高橋代表は「(可視化により)5年で一人前になるように育てたい」と意欲を見せている。
鍛冶職人の先細りが懸念される要因は、担い手不足だけでない。堺打刃物の各工房は、堺市旧市街に点在しており、住工混在の問題が発生している。
もともとは町工場が立ち並んでいた地域だが、郊外に流出し、宅地化が加速。新しく引っ越してきた住民には、街に響く鍛冶の槌音を風情だと許容できない人も少なくない。
オープンファクトリーに活路
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地域住民に工場を開放して交流する「オープンファクトリー」を通じて相互理解が深まる
堺商工会議所の葛村和正会頭(ダイネツ会長)は「鍛冶屋が事業をやりにくくなっている」と心を砕く。旧市街に大規模熱処理工場を構えて事業を営む自らも、住工混在問題に直面する日々だ。
24時間稼働させる工場では無人搬送車(AGV)の接近音にも苦情が出る。工場屋根の上に炎が見えた、と消防に通報されることもしばしば。地場産業の危機に一肌脱ごうと「ダイネツの敷地に工房を移して、継続してもらう」との構想を暖める。
中心市街で町工場が共生を実現するには、近隣住民との相互理解が欠かせない。工場内部を公開して、コミュニケーションを図るイベント「オープンファクトリー」の開催は、良好な関係を構築する好機となりそうだ。
地域の中小企業が業種を越えて、知恵を出し、協力し合う同イベントの準備を通じ、地縁による新たな企業同士の連携が生まれる。ビジネスや製品の創出に発展し、さらには新時代の分業や〝クラスター〟の形成へと、つながっていくはずだ。参加した子どもにとって、伝統産業や地域企業の担い手を志す〝原体験〟になってほしいとの期待もかかる。