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インタビュー/特許庁長官 濱野 幸一氏 「中小・スタートアップの知財戦略を支援 」
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特許庁長官 濱野幸一氏
脱炭素の潮流や物価高により、企業活動は大きな変化を迎えている。こうした中、企業は特許など知的財産を経営戦略に生かす動きを見せている。特許庁では、中小企業やスタートアップの知財戦略を通じた事業展開を支援する取り組みを行っている。また特許出願のデジタル化や国際化などを目的に法改正を行った。特許庁の取り組みについて、濱野幸一長官に聞いた。
―中小企業やスタートアップは物価高の影響を強く受けています。
「地域の中小企業やスタートアップは日本経済にとって非常に重要だ。物価高などの影響を受けているからこそ、企業の稼ぐ力を強化するため、持っている技術やブランドなどを知財にする必要がある。そこで、工業所有権情報・研修館(INPIT)、日本弁理士会、日本商工会議所の4機関で共同宣言を行った。地域や企業ごとに支援のニーズは多様だ。また支援を受けたくても、どこへ相談に行くべきか分からないという声も多い。こういった課題に、関係機関が一体となって取り組むことで解決していきたい」
―脱炭素への対応はいかがでしょうか。
「2050年のカーボンニュートラル(温室効果ガス排出量実質ゼロ)に向けては、企業による特許分析が必要だ。5月にも新たな技術区分を使って、各国の出願状況の調査報告書を公表する予定だ。自社での分析の参考にしていただきたい」
―料金改定を行いました。
「料金改定の結果、出願件数の減少を心配していた。特許出願は一時減少したが、戻りつつある。意匠に関しては減少傾向だが、コロナ禍において増加した医薬品の出願が減ったことの反動だと分析している。また画像や国際出願は増加傾向にある。ユーザーには料金改定への理解してもらっていると考えている。今後も歳出削減を徹底し、質の高いサービスを提供していく」
―合わせて法改正も実施します。
「知財分野においてデジタル化や国際化の進展に対応するためだ。デジタル化に伴う事業活動の多様化を踏まえ、ブランドやデザインの保護を強化する。他人がすでに登録している商標と類似するものは登録できないが、先行商標権者の同意があり、混同の恐れがない場合は登録できるようにした。また自己の名前を、他人の承諾なく商標として登録可能にした。意匠登録の手続きでは、創作者が出願前にデザインを複数公開した場合の救済措置を受けるための要件を緩和する」
日本の産業競争力の源泉
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特許庁、工業所有権情報・研修館(INPIT)、日本弁理士会、日本商工会議所は連携して「知財経営支援ネットワーク」を構築する
物価高や脱炭素など、企業のビジネス環境は大きな変化を迎えている。より一層、知的財産戦略の重要性が増している。そんな中、政府は中小企業やスタートアップの知財戦略を支援する取り組みを加速させている。4月18日の「発明の日」に当たり、知財の創出や活用について考えたい。
政府はスタートアップ育成に向けた5カ年計画を策定した。スタートアップへの年間投資額を現在の8000億円規模から2027年度に10兆円規模へと10倍に引き上げる。将来、スタートアップは10万社、現在6社のユニコーン(企業価値10億ドル以上の未上場企業)は100社の創出を目指す。
また物価高に直面する中、中小企業やスタートアップが戦略投資や賃上げなどにつなげるには「稼ぐ力」を向上させなければならない。大企業に比べ、経営資源の乏しい中小企業やスタートアップにとって知財戦略を通じた、経営力の強化は欠かせない。
そうした背景から、特許庁は3月に工業所有権情報・研修館(INPIT)、日本弁理士会、日本商工会議所と連携して「知財経営支援ネットワーク」を構築する共同宣言を行った。中小企業やスタートアップの稼ぐ力を知財の面から強化したい狙いがある。
知財経営支援ネットワークでは、弁理士会、INPIT、経済産業局・特許庁がコアとなり、地方の商工会議所などと連携する。中小企業やスタートアップが抱えるブランディングやデザイン、海外展開などのさまざまな課題をワンストップで支援する。特許庁担当者は「企業によってニーズは多様だ。知財をどのように活用すれば良いのか分からないという悩みを、連携機関が協力して解消したい」と話す。各機関が連携して、全国どこでも一律の支援を受けられる体制を構築し、地域経済の発展につなげたい考えだ。
スタートアップ向けの支援策としては、特許庁が知財や事業戦略の専門家チームをスタートアップへ一定期間派遣し、事業展開につなげるプログラム「IPAS」(知財アクセラレーションプログラム)を実施している。INPITも政府系機関が連携して、技術シーズを生かし事業化などに取り組むスタートアップや研究者などを支援する「スタートアップ支援機関連携協定」(Plus)に参加する。
スタートアップが知財戦略を構築する上でカギとなる知財情報を届けるとともに、スタートアップをサポートするコミュニティーの活性化に役立てる。大学や研究機関の研究成果の事業化に向けては、海外特許出願の支援を行う。研究成果のスタートアップでの活用を見据え、海外へ特許出願する大学や公的研究機関に対し、海外特許出願にかかる費用の半分を助成している。国は22年を「スタートアップ創出元年」としており、知財戦略の支援は、スタートアップ育成において、重要性を増しそうだ。
脱炭素の世界的な潮流も見逃せない。日本も2050年のカーボンニュートラル(温室効果ガス排出量実質ゼロ)に向けた取り組みが加速している。企業は脱炭素技術の研究開発と同時に自社の経営戦略に知財を活用する必要性に迫られている。企業が脱炭素などの関連技術の特許にアクセスできるようにデータベースを整備している。
特許庁は脱炭素に関する技術動向調査に必要な技術区分を22年6月に公表した。太陽光発電や二次電池、二酸化炭素(CO2)の回収・貯留・有効利用(CCUS)などを技術区分ごとに分類。検索式を使い、各技術区分に含まれる特許文献を検索できる。特許庁は、5月には日本および海外の脱炭素技術のシェアや推移を可視化する調査報告書を公表する。また脱炭素関連技術を網羅的に俯瞰でき、企業の知財分析に役立ててもらう。
経営環境の変化と中小企業やスタートアップの経営規模拡大に、企業の知財活用と政府の支援が期待される。
▶不正競争防止法などの改正内容
▽登録可能な商標の拡充
▽意匠登録手続きの要件緩和
▽デジタル空間における模倣防止
▽営業秘密・限定提供データの保護の強化
▽送達制度の見直し
▽書面手続きのデジタル化などの見直し
▽手数料減免制度の見直し
▽外国公務員贈賄に対する罰則の強化・拡充
▽国際的な営業秘密侵害事案における手続きの明確化
(特許庁の資料を基に作成)