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“相反するもの”AIで最適制御 品質・省エネ 両立
内閣総理大臣賞
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小型装置に後付けで導入できるサービスを始めた -
3段水槽と呼ぶ実験装置で制御を実証した -
駒ヶ根事業所(長野県宮田村)の半導体クリーンルームの空調制御を実証した
「プラント自律制御AI FKDPP」
横河電機/横河デジタル/奈良先端科学技術大学院大学
横河電機は奈良先端科学技術大学院大学と共同で、プラントを人工知能(AI)で自律制御する技術を共同開発した。実際のプラントを35日間連続で自律制御する実績を築いた上で、自社の制御装置に後付けで導入できるサービスを始めた。制御システム大手としてAI活用は競争力強化の本丸で、破壊的な技術革新と言える。
2017年に開発に着手し、18年に技術を共同開発した。それから実装準備に入り、19年に3段水槽と呼ぶ実験装置の制御に成功。20年に自社の駒ケ根事業所(長野県宮田村)の半導体クリーンルームの空調制御と段階を重ね、35日間連続自律制御に結実した。世界初の事例という。
ベテランの領域
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ENEOSマテリアルのプラントで35日間連続制御に成功した
22年1―2月、ENEOSマテリアル(東京都港区、当時はJSR)のブタジエン精製プラントを35日間連続AIで制御し、無事に操業した。蒸留塔で沸点が近い2種類のブタジエンを分離するため、バルブを開けて排熱で蒸留塔を加熱する作業などをAIが担った。ベテラン運転員の経験が必要になるため、自動化できなかった領域だ。
雨や雪、気温など天候の変化に対応しつつ、品質と省エネルギーを両立させることができた。横河プロダクト本部コントロールセンターAI/DXビジネス開拓部の後藤宏紹部長は「相反するものを最適に制御できた」と自信を示す。
AI制御の具体的なプロセスは以下の流れだ。まず、シミュレーターでプラントのモデルを作成する。制御するプラントをバーチャルに再現するイメージだ。バーチャルプラントの中で、AIがどう制御すれば最適になるか試行錯誤を重ねながら学習し、AI制御モデルを生成する。
このモデルに過去の運転データを与え、動作を確認する。さらにリアルタイムの操業データを与え、ベテラン運転員が動き方を確認し、安全性を確保した上で、実際にAIで自律制御した。仮に失敗してもプラントの操業を止めないための備えとして、横河電機の主力製品の統合生産制御システム(DCS)に統合し、プラント操業に組み込んだ。これによりDCSの安全機能が働くため、異常が発生しても対処できるようにした。
安全性という操業の大前提を満たした上で、品質と省エネルギーという相反する要素を両立させた。ベテラン運転員が退職しても、AIが補えるようになることも大きい。彼らの退職や生産年齢人口の減少、働き方改革により、少ない人手で効率よく操業することが求められるようになるからだ。
後付けで部品導入
35日間連続の自律制御の実績をベースに商用化を計画し、自社の制御システムのオプションとして後付けで導入できるサービスを2月に始めた。DCSではなく、小規模のシステムに組み込んだのが特徴だ。エッジコントローラー「e―RT3」という小型装置に後付けする形を取る。
プラント全体に一気にAI自律制御を導入しようとすると、DCSに組み込むことになる。そのためにはプラントの次の定期修理まで待つ必要があり、何年もかかる場合がある。e―RT3は制御装置の一種で、顧客が制御プログラムを組み込める。プラントや工場の部分的な制御に活用されており、AI自律制御を希望する範囲のみで導入したい需要を想定する。
サービス化にあたって実験用炉の加熱制御を実証したところ、設定温度までの整定時間を従来手法のPID制御より約65%短縮できた。設定温度を上回るオーバーシュートも抑制できた。不要な加熱を減らし、装置の寿命を延長できる。
AIが自律制御
e―RT3はプラントだけでなく工場にも使われているため、半導体製造装置などにも適用できると提案するのも特徴だ。半導体が微細化などで高度化するためには製造装置の進化が不可欠であり、AI自律制御で貢献できると見込む。
AI自律制御を将来どう活用するか。横河電機は経営の意思をプラント操業に反映させることにAIが貢献することを志向する。
経営とプラントがシステムでつながり、クラウド上の自律制御AIに経営目標を連携させる。経営目標に合わせて、生産性重視、二酸化炭素(CO2)排出削減重視のようにモードを切り替えて操業できるようにするイメージだ。3月末まで執行役員横河プロダクト本部長を務めた長谷川健司氏は「今までと違う制御に顧客がたどり着ける」と意義を強調する。
横河電機も、全てのプラントをAI自律制御が担うようになるとは考えていない。PIDなど従来の人手による制御が残る一方で、ベテラン運転員退職への対応や、経営視点の反映など高付加価値の操業が求められるケースにAI自律制御を活躍させる方針だ。
特に経営視点を反映させるのは、経営側のITとプラント側のOT(制御・運用技術)を連携させることで、顧客の課題を解決するサービスを提供するという横河電機の全社戦略を支えるものだ。AI自律制御は横河電機が新たな段階に移るための武器でもある。