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未来につながる人づくり
YOKOHAMAから未来を変える/神奈川大学
神奈川大学は、2023年度に理学部を湘南ひらつかキャンパスから横浜キャンパスに移転する。さらに理学部、工学部をリニューアルし、化学生命学部、情報学部を新設する。ミクロから宇宙まで幅広い学びを実現し、文系・理工系11学部をそなえた総合大学の強みを活かし、他学部の授業の受講など、学びの範囲を大きく広げることが可能となる。23年度からは、すべての学部が「YOKOHAMA」の地に集結し、国際都市横浜から日本を、そして世界を学び、グローバルな視野から論理的、科学的に思考できる人材育成に取り組む。
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学長 小熊 誠 氏 -
木材組み立て加工・デジタル加工機器などを設置した建築ものづくり工房(横浜キャンパス31号館)
神奈川大学は、100年近くに及ぶ伝統を大切にしながら、新しい社会に対応する教育を開拓している。小熊誠学長は、「本学の建学の精神である、『質実剛健』『積極進取』『中正堅実』を現代的に捉えなおし、未来を創っていく必要がある」と言う。そのためには、今後はハードの改革だけではなく、中身をどのように変えていくかがより一層重要となる。
ハード面での改革は、20年度の国際日本学部新設、21年度のみなとみらいキャンパスの開設をはじめ、22年度には建築学部新設、迎える23年度には理学部を横浜キャンパスに移転、化学生命学部、情報学部を新設するなど、積極的な改革を行ってきた。特にみなとみらいキャンパスが所在する地区は、グローバル企業を含む多くの企業の本社や研究所が移転しており、まさに多様な背景を持つ多くの「人」が集い、「知」が交流する、真の国際人を育成するに相応しい場所として開設した。先進エリアとしての側面だけではなく、官公庁や文化的施設も数多く存在し、近代化の歴史も感じられる場所である。そこに、経営学部、外国語学部、国際日本学部というグローバル系学部を集約。学生はこの環境を活かした、「街ごとキャンパス」として、周辺企業や施設などと連携したPBL(Project Based Learning)、研究やフィールドワークを通じ、より実践的な課題解決能力を身に付けている。
また、同キャンパスに設置している社会連携センターは、自治体、企業、学校、地域と連携するための総合窓口であるとともに、大学教育プログラムとの連携により、学生の育成だけではなく、社会人の学びの場や研究活動と連携することで、開かれた大学づくりの一翼を担っている。
また、横浜キャンパスでは、31号館(建築ものづくり工房)が22年12月6日に新たに誕生した。1階には木材を加工する大型機器を設置した工房、2階は木材の組み立て加工、デジタル加工機器などを利用できる工房、屋上には空に開かれた創作スペースが設けられている。利用者はキャンパス内外からアプローチ可能で、ものづくり活動の様子や作品が隣接する歩道からうかがい知ることができる、地域にも開かれた建物になっている。
こうした施設や新たな学部、そして教育プログラムの充実に加えて、28年の創立100周年とその先の未来を見据え、小熊学長は、「ゼミ・卒業研究の少人数教育という伝統を大切にしたアカデミックな教育・研究を着実に行っていくこと、そして地域や企業など社会との交流を豊富に取り入れ、体験型学習や課題解決型学習などのソーシャルな教育研究を積極的に行っていくこと、この両方ができてはじめて建学の精神を踏まえた真の実学が実現する」と期待を膨らませる。
「建学の精神」に普遍性-マネジメント力育む/産業能率大学
産業能率大学は1925年設立の「日本産業能率研究所」を起源とし、2年後には100周年を迎える。創始者の上野陽一氏は米国の近代的経営管理の思想と手法を日本に導入し、日本で初めてのコンサルタントとして産業界に紹介・普及させた。同研究所の機能は現在、社会人教育部門である産業能率大学総合研究所が担い、有機的に連携して最新の知見を学生教育に活用している。「知識は実際に役立ってこそ価値がある」との「実学教育」を理念として、教育・研究に取り組む鬼木和子学長に聞いた。
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学長 鬼木 和子 氏 -
学内で積極的に取り入れられているグループワーク
―母体となった日本産業能率研究所について。
「創始者の上野陽一先生は大正時代にライオン歯ミガキ(小林商店)工場の業務能率の研究を行ったことで知られ、“能率の父”という異名を持つ。産業界にとどまらず、国の仕事を含めてさまざまなコンサルティングを手がけて成果を収め、大正末期に日本産業能率研究所を設立した」
―1942年には「日本能率学校」を開設しています。
「コンサルティングの実践にとどまらず、経営の指南書も多数世に出しながら、個人でできることの限界を感じていた。コンサルティングの傍ら、日本能率学校の開設に尽力し産業界に幅広く、経営指導できる人材の育成に着手した。1950年には産業能率短期大学(夜間部)を開学し、今日の本学がある」
―学長就任1年目を振り返って。
「コロナ禍をはじめ、気候変動や地政学リスクなど、社会はこれまでにない困難を抱えながら加速度的に変化し、大転換期を迎えている。こうした状況下で、改めて本学の建学の精神の普遍的価値を再確認する1年だった」
―建学の精神とは。
「『マネジメントの思想と理念をきわめ、これを実践の場に移しうる能力と豊かな人間性を兼ね備えた人材を育成する』ことを謳(うた)っている。これは時代を凌駕(りょうが)する概念であり、創始者の提唱する“能率”の考え方に沿って解くと、ヒト・モノ・カネ・情報等、すべての資源が100%生かされている状態を“能率”というならば、それを実現するのがマネジメント力であり、“能率”を実践する能力を備えた人材を涵養(かんよう)することが何よりも大事になる。現在の文脈では超スマート社会『ソサエティー5・0』に代表されるようなデジタル領域の刻々と変化する資源も十分に生かされ、持ち前が発揮できるよう、新たな要素を都度取り入れ変容することを躊躇(ちゅうちょ)せず、自らすすんで他者と協働する人材の育成を目指す」
―アクティブラーニングが特徴的です。
「大学4年間の限界はあるが、『知識は実際に役立ってこそ価値がある』という建学の精神の下、学んだ知識を懸命に生かし、学生が主体的、能動的に学ぶアクティブラーニングを全学的に実施しPDCA(計画、実行、評価、改善)を回しながら改善を続けている。今まで以上に、境界を取り払い、企業、地域、団体、そして、高等学校などとの多様な連携を推進し、卒業生の参加も含め、学生の真正な学びの創出につなげると同時に、多様なコラボレーション活動による貢献と、新たな価値創造に期待したい。そのような観点からも、眼前の課題は多岐にわたるが、大学教育の可能性は縦横無尽に拓かれるだろう」