-
業種・地域から探す
内閣総理大臣賞液化水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」川崎重工業
川崎重工業
川崎重工業は水素をカーボンニュートラル(温室効果ガス排出量実質ゼロ)の切り札に位置付け、豪州と日本をまたぐ水素のエネルギー利用のサプライチェーン(供給網)構築を目指している。水素の製造から輸送、貯蔵、利用までの各行程を事業化するため、他社と共同で実証に取り組む。川重はサプライチェーンにまたがる複数の水素技術を擁し、それぞれ実用化を狙っている。中でもカギを握るのが、豪州から日本に液化水素を運搬する船だ。世界初となる実証船「すいそ ふろんてぃあ」を建造し、実証事業で活用した。
事業化の構想は以下の流れだ。豪州で利用されていない資源である褐炭を原料に、水素を製造する。液化してすいそ ふろんてぃあに積載し、日本まで運ぶ。荷役基地に下ろしてから各地に運び、産業利用する。半導体や太陽電池製造、水素ステーション、水素ガスタービン、水素発電など想定される用途は多彩だ。
川重は岩谷産業、シェルジャパン、Jパワー、丸紅、ENEOS、川崎汽船と7社共同で、技術研究組合CO2フリー水素サプライチェーン推進機構(HySTRA)として、実証事業を実施してきた。
すいそ ふろんてぃあは全長116メートル、幅19メートル、深さ10・6メートル。総トン数は約8000で、定員25人。2019年12月に命名・進水式を実施。20年3月に液化水素タンクを搭載、同年10月に海上試運転を実施。21年に国内近海を航海と段階を重ねてきた。
そして、同年12月から22年2月まで、日本の神戸港を出発し、豪州から同港に戻るまでの往復約1万8000キロメートルを、液化水素を積載し、無事に輸送することに成功。液化水素タンクや配管、機器の機能、性能、安全性を実証した。
すいそ ふろんてぃあの開発では、エネルギーソリューション&マリンカンパニー船舶海洋ディビジョンの本井達哉副ディビジョン長が「一番重要な技術」と表現する液化水素タンクの開発難易度が高かった。
川重は液化天然ガス(LNG)運搬船の建造実績を豊富に持ち、この技術が液化水素タンクでも生きている。一方で、LNGと異なる水素の特徴に対応する技術を新たに開発し、液化水素タンクを完成させた。
水素が液化する温度はマイナス253度Cで、天然ガスの液化温度のマイナス162度Cよりも低温だ。また、液化水素はLNGの10倍気化しやすい。LNG運搬船と同じ手法でタンクを開発しようとすれば、断熱材をLNG運搬船の10倍の厚さにしなければならない。こうした理由により、同じ手法を採用するのは現実的ではなく、一から開発することになった。
採用したのが、真空二重断熱方式だ。液化水素タンクを巨大な魔法瓶のような二重構造にした。表面に相当する外槽と、外槽の内側の内槽があり、その間が真空層になっている。100度Cの熱湯を1カ月間積んでも、温度低下は1度C未満という極めて高い保温性を実現した。
真空二重断熱方式は昔から知られており、採用自体はすんなり決まったが、ある問題が浮上した。液化水素を積むと内槽は低温になって収縮する一方、外槽は収縮しないため、そのままでは内槽が外槽に当たって損傷してしまうことだ。
対策として、内槽にサドル(柱材)を設置し、外槽の内面上を滑る機構にしたことで、問題を解決した。本井副ディビジョン長は「内槽を支えている」とサドルの役割を説く。
サドルの素材には、ガラス繊維強化プラスチック(GFRP)を採用した。波浪の荷重に耐える強度と、断熱性を求めた。
液化水素タンクの性能も寄与し、すいそ ふろんてぃあは外部に漏れやすい液化水素を運搬するという実証の役割を果たした。今後は、30年ごろを目標とする商用化への準備段階に移る。
その開発テーマは大型化だ。すいそ ふろんてぃあの液化水素タンクの積載量は1250立方メートル。実証用のため、小規模と言える。商用化で投入する予定の運搬船では、128倍の16万立方メートルに大型化する。現在活躍しているLNG運搬船と同程度のサイズとなり、まさに実用に即した規模だ。液化水素タンクの数は、すいそ ふろんてぃあの4倍の4基になる。
商用化で投入する予定の運搬船では、すいそ ふろんてぃあのために開発した真空二重断熱方式を採用できないという。仮に採用すすれば、タンクが大型化して半径が長くなり、強度が下がる問題が生じる。解決するにはタンクを厚くしなければならないため、現実的ではない。
では、どのような手法で開発するのか。いまは試行錯誤の段階かと思えば、そうではなさそうだ。本井副ディビジョン長は「こうした手法なら開発できるという目星は付いている」と自信ありげだ。具体的な内容は明かせないとのことだが、開発が着実に進むことが期待できそうだ。