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金型表面機能化技術とその展開
工具鋼・ステンレス鋼・高クロム鋼製金型では、その大小に関わらずコーティングあるいは表面処理による表面硬度化が必要となる。ドイツでは熱処理からプラズマ表面処理への転換が早期に進み、特にパルスDCプラズマを用いたラジカル窒化による硬度化が利用されてきた。ここでは、ナノ窒化技術を用いて、硬度化に加え新しい金型表面機能化として、耐腐食性向上、高精度切削仕上げ性、テクスチャー面創成などを紹介し、型表面を機能化する重要性を理解いただく。
新たな型表面機能を創出するナノ窒化技術
ナノ窒化技術は窒素+水素混合ガスを入力として、400度C以下の低温プラズマイマージョン窒化により鉄―クロム系型材の表面に、厚さ100マイクロメートル程度の過飽和窒素固溶層を形成する表面処理である(※1)。クロムあるいは鉄の窒化物を生成しないため、軽度なエアロラップで鏡面状態の型表面を創成できる。
この窒化層では、溶質窒素が均一に3―4質量%の高濃度で分布するため、化学的に安定となる(※2)。後述するように、窒化物生成による溶質クロム濃度の低下が発生しないことに加え、型材の構成原子である鉄原子の電子を引き寄せるため、外部からの化学的な処理に対しても耐性がある(※3)。溶質窒素が結晶格子内に位置するため、外部からの変形は大きく阻害され、窒化層内硬度も一様となり、平均硬度も1400HV(ビッカース硬さ)を超える(※4)。窒化層内の微細組織は、5ナノメートル以下のナノ結晶で構成されるヘテロ構造となっている。電子線後方散乱回折法(EBSD)および走査透過型電子顕微鏡(STEM)による詳細解析によって、そのヘテロ構造が、高固溶窒素相―低固溶窒素相からなる2相ナノ構造となることが明らかになった(※5―6)。これらの特性が新しい型表面機能を創出する。
高硬度化による型寿命延伸
第1が高硬度化による型寿命延伸である。真ちゅう製あるいはSUS304製フックの順送プレス成形では、多段の金型の中でトリミングパンチが最短寿命となり、金型全体の使用寿命を決定する。このパンチにナノ窒化を施し、表面硬度をパラメーターとしてパンチ摩耗幅へのナノ窒化による硬度の影響を調査した(※7)。
図1に、表面硬度を増加させた場合のナノ窒化SKD11製トリミングパンチの160万回連続ショット後の摩耗幅の変化を示す。なお、通常の焼き入れパンチ(表面硬度750HV程度)では、60万回で顕著な摩耗が生じたため、この図では参照していない。表面硬度が1000HV程度では被加工材との相互作用によるアブレシブ摩耗により大きな損傷が生じる。
しかし、この摩耗幅は表面硬度上昇とともに単調に減少し、1500HVにおいてほぼ摩耗幅はゼロとなった。すなわち、1500HV程度のナノ窒化処理したトリミングパンチは、160万回連続打ち抜きでは、高倍率光学顕微鏡で観察されるような摩耗は生じないことがわかった。この条件で継続して順送プレスを行うと、1100万回連続プレスでもトリミングパンチに顕著な摩耗は観察されなかった。
酸性環境における耐腐食性向上
第2が酸性環境における耐腐食性向上である。射出成形用モールド金型では、ポリプロピレン(PP)樹脂であっても金型表面にガス焼きが生じることがある。より化学的に活性な樹脂を取り扱う場合には、機械的な損傷よりも化学的な損傷が問題となる。この化学的襲撃では、型の主たる構成元素である鉄原子との化学反応が律速となり、不動態被膜を持つオーステナイト系ステンレス鋼であっても、腐食・孔食あるいはエッチング作用を防止することは難しい。ナノ窒化したステンレス鋼では、溶質窒素原子に電子的に引き寄せられた鉄原子が外部襲撃に対して結合する電子対を持たないため、容易には反応できないことが予想される。
ここでは、SUS304試験片にあらかじめマスキングを施し、ストライプ状に試験片表面を覆い、交互にSUS304試験片表面を露出させてナノ窒化を行った。20%希釈塩酸(通常、酸化した型材の洗浄前処理に利用する)を用いて、5分間の浸漬試験・洗浄後の試験片表面性状とクロム・窒素元素マップを図2に示す。
浸漬後もクロム濃度分布に有意な差異はないが、窒素が固溶していないマスク部は著しくエッチングされ、処理前の光沢を喪失している。一方、非マスク部は、元の光沢面を維持しており、十分な耐性を持っていることがわかる。興味深いのは、マスク部と非マスク部との境界で、窒素濃度が急峻(きゅうしゅん)に変化し、これを境にマスク部では腐食が進行し、非マスク部では腐食が生じないことである。これは、溶質窒素が非マスク部のSUS304材深部まで拡散し、前述の非窒素固溶―窒素固溶境界が腐食領域―非腐食領域の境界となるためである(※8)。
この原理を利用すると、マスクパターン以外の型表面を過飽和窒素固溶しエッチングすると、マスクパターンの反転テクスチャーを型表面に創出することもできる(※9)。
高精度切削仕上げ性の向上
第3が高精度切削仕上げ性の向上である。ナノ窒化工具鋼と同じような硬度を持つ超硬やセラミックスを、平均粗さ10ナノメートル以下の精度を担保して、実用切削速度範囲で表面テクスチャー加工することは容易ではない。高温で使用する光学素子成形用モールド金型では、平面フレネルレンズのように、急峻な形状変化を持つテクスチャーを型表面に形成する必要がある。
また高精度切削で曲面状鏡面加工を行うケースも多い。ここでも窒素過飽和固溶した型素材が持つ、ダイヤモンド工具中の炭素への無反応性を利用しよう(※10―12)。教科書にも記載されているように、鉄や鋼をダイヤモンド工具で加工すると、鉄と炭素との反応が生じ、鉄炭化物が容易に形成されるため、被加工材表面は荒れ、工具は大きく摩耗する。鉄の電子構造が固溶窒素で拘束されると、炭素と反応する電子対がなくなり、前述の反応は進行せず、被加工材であるナノ窒化型材表面をダイヤモンド工具で切削加工できる。
この原理を利用すると、表面に数質量%の溶質窒素濃度があれば、この窒素過飽和層はダイヤモンドチップで切削され、チップにも顕著な損傷が生じない。次に切削速度を2桁変化させ、同様に実験を行い、加工面の平均表面粗さを測定した。図3に示すように、実測した表面粗さは切削速度に依存せずに平均10ナノメートルを保持できることがわかった。
多様な機能を発現するための複雑な表面テクスチャーを型表面に創成し、表面粗さ1ナノメートルに向けた鏡面加工を進めることも可能となった。さらに、表面特性もナノ窒化処理により撥水性に転じるなど、形状創成と表面特性を同時に実行できる可能性も見えてきた。
数マイクロ―数十マイクロメートル級形状転写用金型の創成
第4が数マイクロ―数十マイクロメートル級の形状転写用金型の創成である(※13―14)。内視鏡手術用部品、医療器具、健康用品、飲食用機器部品などの表面は、特にコロナ禍以降、抗菌性を有することが前提となっている。酸化チタン(TiO2)などの抗菌性膜とともに、抗菌性状としてのテクスチャー表面創成が注目されている。
多様な製品に、その用途に適した自在なテクスチャーを多量に転写するには、プレス金型・射出成形金型表面に耐久性を担保しつつ、高精度かつ簡便にマザーテクスチャーを創成する技術が必要となる。ここでは、ブドウ球菌などを想定して10マイクロメートル幅の深いテクスチャーをチタン材に転写するパンチを創成してみよう。最初にパンチ表面に犠牲フィルムを印刷し、極短パルスレーザーを用いてナノ窒化するテクスチャーを描画し、ナノ窒化を施す。
図2に示したように、ナノ窒化部位―未窒化部位の境界で急峻に窒素分布が激変するため、その化学耐性あるいは硬度の変化を利用して、未窒化部位をエッチングあるいはドライ・ウエットブラストで除去すると、図4に示す幅10マイクロメートル、ピッチ200マイクロメートルのパンチができる。これをチタン材に転写した結果も図4に示す。幅10マイクロメートル、ピッチ200マイクロメートルの長方形状パンチ群に対して、アスペクト比2・0以上の長方形マイクロ溝形成を行うことができた。
この手法を利用することで、切削工程なしに、自在な形状のヘッド、コアを有するパンチ、ダイを創成できる(※15―16)。試験的に電磁鋼板打ち抜きパンチとコアダイを切削なしで作成したところ、T字形状コアをせん断面率80%の高精度打ち抜きに成功した。
金型表面は前述の力学的な因子・機械的な因子に加え、熱マネージメントの効率化も必要である。適切な熱流束で加熱・冷却を実施し、省エネルギーな成形加工工程を実現することは、今日的な課題である。(※17)に示すようなグラフェンソリッドを用いた型冷却、(※18―19)で提案している高対流伝熱・高沸騰伝熱デバイスは、これからの金型表面機能化技術として有望である。また型内の高効率冷却を図る上でも、テクスチャー・ヒートパイプの利用も進めたい。
【執筆】
表面機能デザイン研究所 相澤 龍彦 氏
参考文献
(※1) T. Aizawa, Ch. 3 in Stainless steels, IntechOpen, London, UK (2019) 31-50.
(※2) T. Katoh, T. Aizawa, T. Yamaguchi, Manufacturing Review 2 (2015) 1–7.
(※3) 相澤龍彦、素形材 61 (29) (2020) 17-23..
(※4) A. Farghali, T. Aizawa, T. Yoshino, J. Nitrogen 2 (2021) 244-258.
(※5) T. Aizawa, S-I. Yoshihara, SEATUC J. Sc. Eng. (SJSE) 1 (2019) 13-20.
(※6) T. Aizawa, T. Shiratori, T. Yoshino, Y. Suzuki, T. Komatsu, Ch. 1 In: Stainless Steels. IntechOpen, London, UK (2021).
(※7) T.Aizawa, H. Morita, S-I. Kurozumi, AIP Conference Proceedings 2113, 060001 (2019) 1-6.
(※8) T. Aizawa, Bulletin, JSTP. 2 (19) (2019) 17-21.
(※9) T. Shiratori, T. Aizawa, Y. Saito, K. Wasa, J. Metals 9, 396 (2019) 1-11.
(※10) T. Aizawa, T. Fukuda, Ch. 1 In: Top 5 contributions in materials sciences: 6th Edition. Avid Science (2019) 2-23.
(※11) T. Aizawa, H. Morita, T. Fukuda, Procedia Manufacturing 47 (2020) 725-731.
(※12) T. Aizawa, H. Morita, T. Fukuda, Key. Eng. Mater. 926 (2022) 1591-1600.
(※13) T. Aizawa, Y. Saito, H. Hasegawa, K. Wasa, Int. J. Automation Technology 14(2) (2020) 200-207.
(※14) T. Aizawa, Proc. 2nd GRGLMN Symposium (2022; Toyama) 21-22.
(※15) T. Aizawa, Y. Suzuki, T. Yoshino, T. Shiratori, J. Manuf. Mater. Process. 6, 49 (2022) 1-15.
(※16) T. Aizawa, T. Shiratori, Y. Suzuki, Ch. 17 In: Advances in 3D Printing, IntechOpen, London, UK (2023) 373-400.
(※17) T. Aizawa, H. Nakata, T. Nasu, Y. Nogami, J. Carbon Research. 8, 70 (2022) 1-13.
(※18) T. Aizawa, N. Ono, H. Nakata, Ch. 6 In: Heat Transfer –Fundamentals, Equipment and Applications. IntechOpen, London, UK (2023) 87-112.
(※19) T. Aizawa, H. Nakata, T. Nasu, Ch. 1 In: Heat Transfer, IntechOpen, London, UK (2023).
